緑の悪霊 第16話 |
今夜二人きりで過ごしたいというジノの誘いをルルーシュは受けた。 全ての会話を自室で盗聴していたナナリーは普段の穏やかな表情から一変、苦虫を噛み潰した表情をした。今まで見たこともないその姿に、C.C.は思わず後ずさった。 今までは穏やかでふわふわとした表情と、それに似つかわしくないどす黒いオーラという組み合わせだったが、そのオブラートを取り払った今はそのオーラにふさわしいほど険しい表情をしており、思わず平伏して許しを請いたくなるほどの迫力に、少しでも距離を撮りたいと本能的に身体が逃げてしまったのだ。 それほどまでに恐ろしかったのだ、ナナリーが。 なるほど、あのシャルルと、あのマリアンヌの血を色濃く受け継ぐとこうなるのかと、変な所で納得した。 「これほどまでに役に立たない駄犬だとは思いませんでした」 今まで聞いたことのない、怨念が籠っていそうなほどの低い声にC.C.は鳥肌が立った。 「このままでは・・・最悪の事態が起きてしまいます」 ナナリーは眉を寄せ、どうするべきか考え始めた。 受けたルルーシュに非はない。 恐らくギアスを使い、害虫退治をするのだろうと推測できる。 だからそんな結論を出させた駄犬と害虫が全て悪い。 麗しの兄を愚か者たちから守るにはどうしたらいいのだろうか・・・。 その思考を遮ったのはC.C.の声だった。 「・・・ナナリー。どうやらスザクの説得もむなしく、ルルーシュはジノとか言う男と自室に移動するようだ」 盗聴器の向こう側から、どうにかルルーシュを引き留めようとするスザクの必死な声が聞こえているが、反対にルルーシュはもう遅いから帰るようにと言い聞かせていた。 「穢れを知らない無垢で美しいお兄様を、言葉巧みに毒牙に掛けようなどと言う愚かな害虫には制裁が必要ですね」 般若を背負ったナナリーは、その口元に笑みを乗せた。 まるでルルーシュが悪い事を考えている時のような笑み。 ああ、似てないけど兄妹だなとC.C.はどうでもいい事を考えてその恐怖から逃れようとした。 ルルーシュの私室へ入たジノは、ルルーシュに気づかれないよう扉をロックするとすっと手を伸ばし、ルルーシュの右手をとった。そしてその手の甲に口づけを落とす。 まさか男相手にそんな事をするとは予想外だったルルーシュは、驚き目を見開いた状態で硬直した。 「ルルーシュ、愛している」 今まで隠していた欲の乗った瞳をルルーシュに向けながら、ジノは硬直したルルーシュの頬に手を伸ばした。 ・・・俺を、愛しているだと? まだ16歳だというのに、随分と手慣れたものだな? 今まで一体どれだけの男女にその言葉を吐いたんだろうな? どうせ今度はスザクに言うんだろう? 許すと思っているのか?この俺が。 お前のような男に、スザクをやると思うのか? さて、目の前に常時発情期のオスの顔をした醜いジノの顔がある。 この男がこんな顔をスザクにも向けるのかと考えただけで怖気が走る。 太陽のように明るい笑顔が似合う爽やか好青年であるスザクを貴様ごときの欲望で穢すなど、俺が許さんからな。 この部屋には二人きり、そして俺達は見つめ合っている。 ギアスをかけるには絶好のシチュエーション。 さて、どんなギアスをお望みだ? こいつのターゲット層を年配の男に設定してやろうか。 そうすれば俺たちは完璧に対象外だ。 当然、ナナリーも対象外になる。 ラウンズのスリーともあろう男が、中年のおっさん好きなんて笑えるじゃないか。 あのクソ親父も対象になるんじゃないか? ああ、いいなそれ。 こいつの好みをあのクソ親父に設定してやるか。 あいつは女好きで男に手は出さないだろうから、さぞかし滑稽なやり取りが繰り広げられるだろう。 下手すれば騎士解任かもな? それとも不能にしてやろうか? 男としては辛いが、スザクを狙ったのだから当然の報いだろう? つい、挑戦的な笑みを浮かべてしまったルルーシュに、ジノは息をのんだ。 ルルーシュに一目ぼれし、スザクの事など眼中になく、寧ろ害虫だと判断していたジノは、スザクではなく自分が選ばれた上に受け入れてもらえた、相思相愛なのだと内心浮かれまくっていた。 こんなに美しい人が私のものに!!! ルルーシュの気が変わらないうちにと、ジノはルルーシュに顔を近づけた。 さて、ギアスをかけてやろうとルルーシュが目に力を入れたその時。 ドンドンドンドンドンドンドン!! ドンドンドンドンドンドンドン!! 突然、部屋のドアが大きな音を立ててノック・・・いや、叩かれた。 ジノとルルーシュの視線は自然とそちらに向かう。 「まったく、あのイレブンか?」 イレブン。 スザクを蔑む言葉に、ルルーシュはカチンときて、ついジノを睨みつけた。 ジノは忌々しげに扉を見ている為、それには気づかない。 ドンドンドンドンドンドンドン! ドンドン・・・ 「いい加減にしろ!!」 ジノはロックを解除し、勢いよく部屋の扉を開けた。 だが、そこには誰の姿もなく、しんと静まり返った薄暗い廊下があるだけだった。 そんなはずはないと、部屋を出て辺りを見回したが、何も気配を感じられなかった。 ラウンズである自分が、気配を読めないなんてありえないと焦りを感じた時。 ガンガンガンガンガンガンガン!! ガンガンガンガンガンガンガン!! 今度は、ルルーシュの部屋の窓が叩かれる音が響いた。 ソファーの後ろにある窓。 カーテンに隠れて見えないが、間違いなく何かが窓を叩いている。 ジノはマントを翻し、駆けるように窓に近づくと、勢いよくカーテンを開けた。 この時間は外灯が外を明るく照らしているはずなのに、なぜか外は真っ暗でだった。そんな暗闇の中、窓の外には部屋の明かりに照らされて人の姿が浮かび上がっていた。 外が暗いこともあり、窓は鏡のように室内を反射しているためはっきりとは見えないのだが、それは、乱れた緑色の長い髪で顔を覆い隠した女性だった。 一言で言うならば、うす気味の悪い女が両手で窓をドンドンドンと叩いている。 ジノは悪質ないたずらだと窓を開けようとしてハッとなった。 ・・・ここは、2階だ。 そして、目の前の前髪で顔の見えない女性は、両手で窓を叩いている。 ・・・どうやって? 先ほどのドアを叩く音と、気配のない通路を思い出し、ざわりと背筋に悪寒が走る。 その瞬間、ジノは反射的に窓から距離を取っていた。 ドンドンドンドンドンドン!! 再び扉が叩かれ、視線がドアへと移る。 ガンガンガンガンガンガンガン!! 窓も激しく叩かれ、ジノは窓とドアから離れるように後退した。 「な・・・何なんだ一体!?」 ジノはルルーシュに答えを求めたが、ルルーシュは血の気の引いた青ざめた顔で茫然と窓の外を見ていた。 ・・・あれは、C.C.・・・だな。 なんだ?一体何をやってるんだあいつは! この男は皇帝の騎士、つまり軍人だ!お前を匿っているのがばれるだろう!! 隠れろ馬鹿!ナナリーに聞かれたらどうするつもりだ!! そんなルルーシュの心の声など当然聞こえないジノは、ルルーシュが恐怖から動けないのだと判断し、ルルーシュの手を引くと窓と扉から一番はなれた壁に移動した。 その間もドンドンガンガンと音は鳴り続ける。 ゴン!! 突然背後の壁が強い振動と共に大きな音を出した。 ゴン!!ゴン!! 「なっ!こっちもか!!」 殺気もこもったその音に、ジノはルルーシュの手を引き壁を離れた。 扉、窓、壁。 それぞれからガンガンドンドンゴンゴン。 ジノは真っ青になりながらも、騎士として反射的にルルーシュを背にかばう。 そしてルルーシュはと言うと。 この壁の蹴る音・・・スザクか? ・・・ああ、この重さと高さと間隔、間違いないスザクだ。 窓にC.C.、壁にスザク・・・どういう事だ? 扉も誰かの仕業と言う事か? となると、残っているのは咲世子だが。 彼女は妙に気配を殺すのが上手いから、ありえるな。 意味もなくこんなことをする連中じゃないから、ジノを追い出そうとしているのか? そうか!この発情した害虫と二人きりになった俺の心配をしてくれたんだな、スザク。 だが、どうしてそこにC.C.が混ざるのかが解らない・・・まあいい。 この状況、利用してやろう。 ルルーシュは気づかれないように口元に笑みを乗せた。 そして今までの表情を一変させ、怯えと悲しみを混ぜたような、庇護欲をそそる表情でジノを見上げた。潤んだ瞳のルルーシュが上目遣いで見つめたため、ジノの心臓はドキリと跳ね上がった。吊り橋効果もあって、ますますジノはルルーシュに惹かれていく。 ルルーシュは怯えたように唇を震わせ、弱々しい声で話しかけた。 「ジノ・・・逃げるんだ。これは、悪霊だ」 「悪霊!?」 「悪意のあるゴーストの事だ。俺はその霊に取り憑かれている」 「な・・・!?では、私がルルーシュを救って見せる!」 任せてくれと、ジノは騎士らしい凛々しい表情でルルーシュに言った。 愛しい相手が儚げに縋ってきて、奮い立たない男はいない。 「止めてくれ!悪霊は、下手に手を出せば更なる災いを呼ぶ!あの緑の髪の悪霊はブリタニア人が嫌いなんだ。お前がいなくなれば静まる!」 「ルルーシュもブリタニア人じゃないか!あの悪霊に苦しめられているなら、私が必ず守ってみせる!!」 怒鳴りつけるようなその言葉に、ルルーシュは一瞬目を見開いた後、悲しそうに首を振った。 「・・・あの悪霊は・・・俺の、母さんなんだ。母さんは妹を産んですぐに、ブリタニア人に殺された。だから、息子である俺を守ろうと、悪霊にまで身を落として、こうして俺を・・・俺たちを守っていてくれる。その母を苦しめるような事はしないでくれ!!」 泣きそうな顔で訴えるルルーシュに、ジノは怯んだ。 その瞬間、部屋の明かりが消えた。 今日は天気も悪く厚い雲が空に広がっていたため、月明かりもない。 まさに暗闇だ。 コンコン、と、今度はベッドサイドの窓で音がした。 今までとは違い、静かなノック。 気づけば窓と壁とドアから聞こえていた煩いほどの音が消えていた。 静寂の中、コンコン、と再び窓が叩かれた。 二人の視線は、自然とその窓へと引き寄せられる。 まるでそれを見計らったかのように、ぎい、と僅かな音を立てて窓が開いた。 冷たい夜風がふわりとカーテンをなびかせる。 そんな暗闇の中に深く澄んだ緑色の瞳が浮かび上がり、じっとこちらを見据えていた。 そして、しゅん、と風が鳴った気がした。 「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!」 次の瞬間、ジノの悲鳴。 「呪ってやる・・・我が子に近づくブリタニア人は許さない・・・」 地をはうような恐ろしい声が部屋の中に響き渡る。 ジノの悲鳴、奇妙な音。 何が起きているのか全く分からず、ルルーシュはその場に立ち尽くした。 そして、暫く後部屋の明かりが戻った。 |